現在の結婚形態や花嫁修業というのものと、 昭和の時代の結婚形態と花嫁修業というものは全く違うと言っていいでしょう。
昭和の時代というのはかなり長く続いたので、昭和の前半と後半でもかなりの違いがあります。
昭和の前半のころというのは、今と違って、ほとんどが大家族で暮らしていました。
結婚するということは、そんな大家族の家への嫁入りというのが昭和の時代だったんですね。
結婚した相手の親との同居も当たり前のことで、 姑から求められる花嫁像はいまよりも厳しいものだったと言います。
掃除や洗濯、料理や裁縫が出来るのは花嫁として当然のことでしたし、 家柄によっては茶道や花道などを嗜んでいることも求められました。
今は、大家族の家というのも減りましたし、親との同居はしないというのも普通になっているので、 家事全般が出来なくても結婚してから覚えていけばいい、という風潮があります。
しかし、昭和の時代ではそんなことは許されることではありませんでしたし、 家事全般が普通に出来たとしても、いろいろと文句を言われたりすることもあったようです。
ですから、娘を嫁に出す家庭では、しっかりと花嫁修業をしておく必要がありました。
花嫁修業をさせるために、若いうちから女中として奉公に出す家庭も多く、 学校を卒業したら花嫁修業をするというのが女としての当たり前の道だったのです。
昭和の後半になるにつれて、社会が大きく変わっていって、 女性の社会進出が目立ち始めましたが、それでも平成の今よりは結婚適齢期というものも決まっていて、 それを過ぎると「行き遅れ」のように言われていたものです。